Es VOL.16 The musician to the musician plus Vol.10 古井弘人(前半)
music freak magazine & Es Flash Back GARNET CROW Final MemoriesP.052
●○○From music freak Es Vol.16
Vol.10
The musician to the musician plus
古井弘人(HIROHITO FURUI)
アーティストの皆さんの音楽ルーツや影響を受けた作品を探る[the musician to the musician]。今回はGARNET CROWの古井弘人さんの登場です。
通常このコーナーはいくつかアーティスト名や作品名を上げてもらい、それを軸にお話を伺っていく事が多いのですが、今回は少し違った形式で、古井さんに幼い頃から今に至る音楽との関わりについて語って頂きました。
古井さんと言えば、GARNET CROWのキーボーディストであり、またGARNET CROW以外にも様々なアーティストのアレンジャーとしてご活躍中です。これまでに手掛けたアレンジ作品はジャンルを越え非常に多種に渡っています。今回は、その幅広い音楽知識や引き出しの多さの理由を知る事が出来る、興味深いインタビューとなりました。
(INTERVIEWED BY YUKARI MATSUBARA)
●最初に音楽に触れたきっかけは?
幼稚園の頃にエレクトーンを少し習っていました。自分では覚えていないんですけど、自分からやってみたいと言い出したらしいんですよ。でもいざ始めてみると、女の先生が苦手で……(笑)。小さい頃ってそういうのあったりするじゃないですか。それで男の先生がいる教室を探してみたんですが、なかなか見つからなくて、結局やめてしまいました。それからは気が向いた時に遊ぶ程度だったんですけど、中学生の頃にはシンセサイザーに憧れを持つ様になりまして、一生懸命お小遣いを貯めて自分で買おうとしていたのを思い出しますね(笑)。で、高校に入ればきっともっと自由に音楽をやれるっていう期待を持っていたんですけど、なんと入学した高校に軽音部みたいなクラブがなかったんですよ。それなら自分達で作っちゃおうと! たまたま後ろの席の奴も音楽をやりたいって事で話が盛り上がりまして、まずは立ち上げる為の規定の人数を集めなきゃって、必死に楽器が出来ない友達なんかも誘ったりして、最終的に同好会みたいなものを作りました。
●高校でも鍵盤担当だったんですか?
高校生位になるとはやっぱり竿もの(ギターやベース)に憧れる様になるんですよね〜。で、中学の時に知り合いの方に頂いたアコギがあったので、自分なりに練習してみたんですけど、なかなか指が思う様に動かなくて。それにその頃になるとギターって上手い奴がいるんですよね。自分がちょっとやっただけじゃかなわないなって(笑)。で、その次にベースにいって、しばらくやっていたんですけど、たまたま鍵盤をやる連中がいなくなっちゃって、それなら、"俺やるよ" って、結局鍵盤に戻りました。
●学生時代はスポーツ等に目覚めず、音楽ひと筋だったのですか?
背が高かったので昔から誘いは多かったのですが、結局音楽ひと筋で。高校時代なんてもう音楽ばっかりでしたね。
●どの位からプロを意識される様になったんですか?
高校の時にすごく悩みましたね。1人だけ、1つ上の先輩が同好会に参加してくれていて、その先輩は今でもアニメの歌を歌っていらっしゃる方なんですけど、高校卒業の頃には既にちょっとしたプロへの話もあったりして、自分達よりもずっと先を行っていたわけですよ。そこに対するプレッシャーだったり、いい意味での刺激だったりをもらっていて、"自分はこのままじゃいけないな〜" って。でもどうすればプロのミュージシャンになれるのか分からない訳ですよ。今はインディーズも自然ですし、気楽にパソコンなんかで曲を作ったり、公開したり出来ますけど、あの頃はMTRって自宅で録音出来る機材も高かったので、カセットテープレコーダーの消去ヘッドを消えない様に工夫しながら録音を重ねていったり、すごい事をやっていましたね(笑)。なんか色々な意味であの頃は模索していました。
●高校で組んでいたバンドではどんなコピーをしていましたか?
メンバーがそれぞれに好きな曲を持ち寄って、邦楽も洋楽もなく、本当に色々な曲をやっていました。中でもサザンオールスターズとか佐野元春さんはピアノがしっかり入っていたりするので、個人的に楽しかった記憶がありますね。あと忌野清志郎さんが好きで、高校に入ってすぐ日本武道館にライヴを観に行った想い出があります。なんか洋楽にハマってる人って、基本的に邦楽は聴かない人が多かったんですけど、僕はそういうのは一切なくて、洋楽ファンの奴らとは洋楽の話で盛